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2025年3月12日水曜日

3.11は東日本大震災の日、震災から二年後に被害状況視察にいったときのことを思い出した

27日 ○バスは南相馬をめざし走る。収穫後ではないが草だけは刈っても耕作はしていないようだ。途中飯館町を過ぎるまで線量計の数値はあがりっぱなし
いよいよ原発鉄塔のみえる被害を受けた浪江町請戸港に出発。途中六号線から「アッ海だ」といったら「震災以前はここからは見えなかった」といわれる。そしてまずはゲート。浪江町役場の許可証がないと原発の鉄塔が見える請戸まではいけない。以前はここまでの規制はなかったとのこと。入場には全員の氏名が記載されている。秘密保護法がとおれば名簿は身辺調査の対象か?こんな写真撮影も規制されるのだろうか?原発は国家の重要機密事項?
請戸までの車窓風景。黄色花はセイタカアワダチソウ。田んぼと瓦礫の山はアメリカ帰化植物に占領されていた。苦労した干拓地の田んぼはいつよみがえるのか?残った建物はわずか。
○請戸漁港に行く手前の新築された橋。左の橋桁は被災した橋の残骸。
橋からは福島原発の鉄塔が山の向こうに見えた。

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